昭和49年01月27日 朝の御理解
御理解 第12節
「神に会おうと思えば、にわの口を外へ出て見よ。空が神、下が神。」
天地を指しておられると思うですね。神様に会いたいと思えば、庭の口を外へ出てみよ。神気と申しますか、霊気とも申しますか。そういう神気、霊気が満ち溢れておる天地。その神気を、または霊気を、私共が感得させてもらう。体でそれを感ずる。心でそれを実感させてもらう。そこに私は信心のけいこが要ると思うです。ただ庭の口を出てみる、あぁ空が神だな、下が神だなと。
金光教の教祖は、そういう天地をそのまま、神様と頂かれた方だなと。というだけでは値打ちがない。神に会おうと思えば、神を頂こうと思えば。神気が満ちておる、霊気が満ちておる。それを、自分の心で感じると言うか、キャッチすると言うか。教祖の神様の神観、神をどう見るかと。神様を、教祖の神様はこのような風に頂いておられる。天地一切が神様の姿であり、働きの全てが、天地の親神様の御働きだと。
そして畑で肥えをかけておろうが、道を歩いておろうが、神の中を分けて通りおるようなものじゃというような実感を持っておられる。神様をいつも実感しておられる。神の中を分けて通るようなものという実感である。私共はそれが非常にそういう神だと、理屈の上では分かっても、それを実感として感ずる事が出来ない。それは丁度私は朝露のお道を、歩くような実感ではないかと思うです。
さわさわと音がする。着物の裾の方があさつゆで濡れる。本当に神様を、そこにひたひたと、身に感ずる心に思わん訳にはいけない。神のなかを分けて通るようなもの。そういう神様を、私共が頂かなければ、いかに天地が神様だと、空が神だ下が神だと言う事を言うただけでは、神様としての働きと言うか。またいわゆるおかげの受けられる状態と言う事になって来ない。
昨日、合楽の合楽食堂の中村さんところのお母さんが、九十三歳で亡くなられた。昨日が告別式でした。本当に有り難い告別式でした。私は昨日の朝方夢とも御神眼ともつかないようなお知らせを頂いた。と言うのはあちらのお婆ちゃんが、まだ若い若いと言うが、九十幾つもなられるけど、まあ七十ぐらいの若さにしか感じられないくらいのお婆ちゃんが、普段の羽織ではあるけれども、羽織を掛けられて紫と赤の座布団を重ねて、薄い座布団ですけども二枚を重ねて座っておられる。
そして私の方へ恭しく頭を下げられて、それからお世話になります、お世話になりましたという事を言われた。お世話になりますお世話になりましたと。私はどう言う事だろうかと思わせて頂いて、昨日告別式の後にその事を、皆さんに聞いて頂いた事でした。信心を頂かれたのは、丸六年ですか七年ですか。ここへ出て来るちょっと前、田中さんのお導きで参って見えたのが初めてだった。
お母さんが、乳癌で病院に入院をしておる。もう一遍達者になってもらいたい、もう一遍助けてもらいたいと言うので、子が親を思う切実な心でお願いをなさった。昨日田中さんが弔辞を読まれましたが、その事が書いてあった。本当におかげを頂いて、様々な所を通らせて頂いたけれども、おかげを頂いて何ヶ月か後には、この固まりしこりが取れてしまって、気分も良くなられて小さい、少しばかりの畑がある畑に、クワを持って出られるくらいにおかげを頂かれた。
それから丸六年間ですか。生き延びのおかげを頂かれて、九十三歳という天寿を全うするというのは、こう言う事だろうかと思うような、長生きのおかげを頂かれた。そして自分も、二十九日の敬親会を楽しみにお参りをして、お話を聞いたり又自分のおかげを頂いた話をしておられました。どんなに思うても病院で死にたくない。だから帰りたい帰りたいと言うて、ソトエさんですね娘さんに訴えられる。
それで手術をしても、どれどれしかない寿命だと言われておられたのですけども。あんまり帰りたいと言われるから、その事をお伺いがあったから、本人がそのくらいに帰りたいと言うなら、連れて帰ってください。そして本当に神様一心におすがりしなさいと言うて、こちらへ帰られた所を境に、いわば奇跡的なおかげが次々と見えてきた。それからしばらくしてでしょうかね、病院に行かれた時には、その気がないと言われる位におかげを頂いておった。
こんな不思議な事があるだろうかと、医者も皆も周囲の者も、思う位におかげを頂いた。そしてからお休みつかれてどうですか、一年ぐらいになられるでしょうか。中村さんの毎日のお届けを聞かせて頂いておっても、御初穂に御礼のおかげ御礼と書いてある、お母さんの分だけは。今日までお生かしのおかげを頂いて、今日もおかげで生きておりますという、その事のお礼だけで、是はお願いをすると言うよりも、家の母の場合は、本当に一日一日がお礼を申し上げる以外にはないと言う所から。
今日もお生かしのおかげを頂いて有り難いというお礼のお届けがあっておりました。子供達が孫達が一生懸命に、お婆ちゃんを大事にする。そりゃ毎日参って来てから、それが、喜びのお礼の一番です。嫁が大事にしてくれます、子供達が本当に移り変わり大事にしてくれます。丁度亡くなられる前の日も、博之君が婆ちゃんいっちょ顔を綺麗に拭いてやろうかち言うてから顔を拭いてあげた。普通から言うなら八十にも九十にもなる年寄りは、若い者な敬遠するのですけれども。
それが実にヒタヒタと徹美さんなんかは、兄さんの方なんかはシワの方の汚れを取らせて頂くような御用でもさせて頂くと。あんたがそげな事どんしてと言うて、結局婆ちゃんを、そのようにして大事にすると言うて、喜んでおられましたが。それこそ顔を拭いてもらいながら、涙をボロボロ流して、有り難う有り難うと言うておられた。亡くなられる朝も、まだ亡くなられるてん何てんちゅう風はサラサラなかった。
ところが昨日ここでお届けされますのに、本当に思うて見ますと、私はあんなお届けをした事はないが、親先生本当に九十三年間という長い間、長々とお世話を頂きまして、おかげを頂きまして、晩年ではありますけれども、神様の有り難さも分からせてもろうて、有り難うございます。九十三年もの間有り難いおかげを頂いたという、お礼を申させて頂いた事をです、亡くなられて気付いた。はぁ神様が今日がお終いぞと言う事で、ああいうもう難しかろうごたるちゅうならはね、そういうお届けもするけれども。
何とはなしに、そういう一つの催しの中にお国替えのおかげを頂かれた。まだ改式をしておりませんから、当然仏教の方でお葬式をする。けれども娘さんのソトエさんも、孫達もどうでも、これだけおかげを頂いた婆ちゃんの事だから、合楽で告別式をして頂きたいとこう言う。色々問題があったけれども、合楽でおかげを頂くと言う事になった。それで親戚の人達も大体一応は納得して下さった筈じゃったところが、お通夜の晩に皆ほとんど帰って、主だった親戚の方達が残られて、色々問題になって来た。
それもその面白い事ですと言うてから、若先生が言うんですよ。告別式は家でして頂きたい。それから洗礼もここでして頂きたい。けれどもお寺さんにその中の色んな、何て言うんですかね。枕経を上げて貰ったり、そのお寺さんにして貰うて言いよりますと言う。それもお寺さんの顔もそれで立つなら、それで良いじゃないかと。と言うておりました所が、お寺さんから電話が掛かって来た。そげな事してもろうちゃお寺は、その顔が丸潰れだと。だからどっちか一方にしてくれと言うて、電話が掛かって来た。
それは本当におかげ頂いたと思うてから、そんならこれは金光教の方でさせて貰いますからと言うて、向こうから断りに行かんでも、そういう風なおかげを頂いたと言うて、昨日お届けがありよりましたが。そんな問題の中に主だった親戚の方達が、承知はしておるけれども、こげな間違いなという事を、色々言い出された。もうすでに中村さんは、床を取って休んでおられた。所が二人の子供。徹美さんと博之君が、一生懸命に金光様の話をする。一生懸命に説明をする。
そして今日の御理解の様な所を、一生懸命に説いたと言うのです、親戚の五六人の方達に。初めの間はこれはつかみ合って喧嘩でんせんじゃろうかと言う位に喧しかった。それを私は眠った振りして、ジーッと是は私の出る幕じゃない。子供達が二人あがしこ言いよるからと思うて、お願いしながら休ませて頂いておりましたら、二人の子供達がどうしてあげな事ば言い習うとったじゃろうかというぐらいに、素晴らしいお話をしたそうです。生きても死んでも、天と地はわが住み家。
極楽でも地獄でも、天地より他に行く所はないと言うのです。だから金光教の信心によって、現世でおかげを頂いたという姿は、私の母がおかげを頂いておる、また婆ちゃんが、皆もたまがるような、あんなおかげを頂いとる事だけは認めるだろうと。また店が女手一つで、これだけボチボチやってる事を分かってくれるだろう。日々母がお参りをして、お願いをして一時が万事、御神意通り神様任せで、今日までおかげを頂いておると言う事が分かるだろう。
それほどおかげを頂き、すがりきっておるのが、死んだら仏様と言う様な訳に行くはずがないじゃないか。婆ちゃんも何かきつか時には御神米と言い、御神酒さんと言うて、死ぬが死ぬまで、金光様でおかげを頂いておるのだから。今更南無阿弥陀仏で、葬式をすると言う方が、不自然だと言う様な意味の事を、どうしてあんな事をいつの間に覚えとっただろうかという話を、神様が話させて下さったんでしょうと言うて。
あんたどんがそげん言うごたるならば、それはやっぱ金光様が、有り難かっじゃろうと言う事で、皆がようやく賛成された。それから昨日も親戚中の方達も、大変有り難い告別式を仕えて頂いたと言うて、お礼を申されましたが。私は神に会おうと思えば、確かに庭の口に出てみよ空が神であり、下が神であると言う事が分かる。言うならば天でもなからなければ地でもない。その中そのものがです神の働きであり、神様のおかげを頂かなければ立ち行かんと、こ実感の出来るところからです。
生死を通して天地の親神様のお懐の中に抱えられ、そしておかげを頂き続けておると言う事を、この世あの世を通して頂いて行くと言う事がです。それが出来ると言う事がこの御理解十二節が、実感として分かった人の姿であり、信心であるという風に思うんです。病気の時やら困った時やらお伺いの時やら。人間の知恵力じゃどうにも出来ない時だけ金光様。何か、天地の外にござる神様に願っておるような感じです。
天地そのものに、すがり、ゆだねての生活からです。神様を教祖様のように、神の中を通りおるようなというほどしの実感はないに致しましてもです。その感じと言うか。言うならその神気と。私はここの御理解を聞いてもらう時に、何時もお話する事ですけれども。確かに天地の神気というものがあるです。神気というのは神の気ですね。私は毎朝、ここへ三時半に出て、この庭から天地を拝ませてもらう。それは何か電気に打たれるというか、電気に掛った様な感じです。柏手して合掌する。
この合掌しておる高々指のこの辺からね、ジーッとするものを感ずるです。私の一日の生活の原動力というものが、あの一瞬に決まるような感じがするです。それを神気だと思います。だから天地の親神様というお方は、大きな電気体のようなものであって、小天地である所の、私共の天地の心と、私共の心が交流する。それほどしの事がお互いの上にもあっておるけれども言うなら鈍感というか。その感情を受け切る事が出来ない所に、御取次ぎの働きです。お取次ぎを頂いて信心が分かる。
お取次ぎを頂いておかげを受けるところから、または天地の道理を聞かせて頂いて、天地の道理に即応する生き方。信心は見やすい物じゃが、氏子から難しゅうすると仰せられるが。見やすいと言う事は天地の心を心とすると言う事なんです。言うならば天地の心を分かる。天地の道理を分かって、道理に即応した生き方をすると言う事です。それは火の中を通らなければならんとか、水の中を渡って行かなければならないと言う事ではない。天地の道理を分からせてもろうて。
道理に合うた道を歩かせて頂くというのですから、決して難しい事はない。それを氏子から難しゅうすると仰せられますようにお互いが忙しいと忙しいに感けたり。自分の都合、自分中心の考え方で行動をしたり。是が第一神様を本当に感じれない元です。神の心を心としての生き方。それを私は私中心ではなくて神様を中心にした生き方を身につける事だと。忙しさに感ける事もない。だから自分の都合で行動したり言うたりする事もない。御神意に添うた生き方。その辺に実に楽な信心があるのです実を言うたら。
私が久富繁雄さんに言うんですけれども。さぁ取り上げ根付け成程百姓の戦争場と言うぐらいに忙しいんです確かに。けれども神参り信心も、その中に含めての忙しさでなからにゃいけないよと言う事です。信心だけは別だ。今日取り上げじゃけんで、別にしとくちゅうような事じゃいけないんだと。信心の中に忙しい取り入れがあるのだと。だから普通の通りである。他所よりも人よりも二日三日、取り上げ取り入れが遅うなったっちゃどうあるかと。ゆっくりおかげを頂きなさいよと。
信心な特別のもののように思う所に間違いが起こって来る。例えば降り照りの事でもそうである。ゆっくりしとってもお繰り合わせを頂けば、神様の方から寄り添うて下さるようにですおかげ下さる。あんまりヤーヤー言うて急いだために、丁度濡らさんで良かもんまで濡らしてしまうと言う様な、そう言う事を日々の体験から、繁雄さんなんかは天地に直結したお百姓さんですから。本当にお繰り合わせを頂いておられる。だからそういう稽古が出来てくる。
例えて言うと、先日も何でしたかね、寒蘭ですか。寒蘭の苗を植えさせてもらうというお届けがあったら、その夕方からお湿りがあり出したと。だからそういう本当に、神様を中心にした生き方の中には、神様が手伝うて下さるかのように、忙しいとか何とかというようなものがない。ゆったりとした生き方が出来るんだ。神様の中に信心の中に、言うなら、神様のお懐の中にあっての事だという生き方。
だからそういう今繁雄さんの例を取りましたが、そういう体験一つひとつ積み重ねて行く内に、なるほど親先生が言われるように、神様を何時でもどんな場合でも中心にした生き方が有り難い事だと。それこそゆったりとした本当に人間神の氏子らしい生活が出来れる。それを周囲から見ると本当に信心する者ばかりは、条件に及ばんと言う様な事になって来るかも知れません。あんまりのんびりしとるように見えるかも知れません。
けれどもその中に天地の親神様のお働きを受けて、生活をする者の生き方というものを、愈々そこに置かせて頂けれる信心を身に付けて行かなければならない。そういう信心が身に付いて来た時です。私は本当の意味で空が神、下が神という実感。またその中身である所の、天地の親神様の働きそのものを感じる。忙しか時だけは神様と切り離した様な、いやそれは神様にお願いして、今日は取り入れでございますからと、例えば商売人で言うなら、大売出しでございますからと。
どういう大売出しであろうが、どういう取り上げの忙しい時であろうがです。どうでも信心も含めての忙しさでなからなければ、今日私が申しますような、それこそ神の神気または霊気を身に感じるほどしのおかげになって来ないと思うです。天地は神の懐。丁度言うならば、乳児が乳飲み子が、母親の懐の中にある状態にあれば良いのです。それを懐の外に出て、はめれる事は出来んのにも関わらず、自分でテオザオしておったり。自分で忙しい忙しいと言うておったり。
もう懐の中に抱きかかえられておるのですから、そこに言うならば、お腹が空いたらお乳にすがれば良いのである。丁度母親に抱きかかえられておるような無心だというか、無心と言いますかねやっぱり。そういう心の状態を心に頂く時に天地の神気、天地の霊気を受け感じる事が出来るようになります。その世界を本当の信心の世界であり、そういう境地を安心の世界と言うのでしょう。
しかもそれは無心です。是は親に抱かれておるが、お乳を飲ませてもらう事は貰うじゃろうかなんて、心配は一つもない。信心というのはそこん所が分かったら、確かに信心は見やすいものだと言う事になりましょう。神様を中心にしての生活。それを本当の意味においての信心生活。所が私共の場合は、神様を使うというかね。自分を中心にしてそして神様に頼む。これでは矢張り本当の神様は頂かれない、分からない。
昨日告別式の後に、昨日私は本当に有り難いと思った事は、あちらの中村さん所の、息子達二人ながら、黄楊会の会員でございますから。若い青年部の若い層の方達ばかりで持っておる信心のグループなんです。それが昨日は黄楊会の幹部の方達が全部、一時が万事の、御用に当たってくれました。最後の後片付けまで。それから後の御直会を頂く時です。徹美さんと博之さんが親戚の方達に、金光様の信心を説いた。
そして納得させたと。金光様の信心っちゃ、ただ病気直しやら、災難避けと言った様な神様じゃない。人間として当然この神様のお世話にならん者は一人もない。それを知った者の姿が金光教の信心なのだ。その心に添うて行く生き方が、生きておるだけが金光様で、死んだら何々様と言う様な事ではない。普通と言う事が本当じゃないかと。しかもそれを、合点納得させれる様な話がアンタだん出来るかって言うて話した事でした。
所が僕達ん所は、もうそれは終えとる。竹内君に高嶋さんところのモリアキ君。それから英治君でした。だから皆三人ながら研修しとる家だから、そういう心配はないちゅう訳なんですよ。けども、心配はないと言うたところでです、本当にそういう場面に直面した時に、それだけに納得させられるだけのです、私は信心を体得しとかなきゃいけない。そん為には私が今日、十二節から聞いて頂きましたような、神様を自分が感じ取っておらなければ出来ない事じゃないかという風に思うです。
神様と言う事が、特別他所の方におられるのではなくて、私共と一体であるとこの神様。しかもその神様に、ゆだね任せての生活。そこからこういうおかげを受けられる信心。神様をそのような風に感じ、そのような神観と。私共は神をかく見ておるという事がです、お道の信心させて頂く者の信念が、そこから生まれて来る。お願いをして一生懸命頑張りゃ、おかげが頂けれると言う様な事ではない。
根本の所の、神様の見方というものがです。私共の神観がそういう体験を通して出来た時に、それは偉大な信心と言う事になり、偉大なおかげの頂けれる事になり。愈々神様を中心にした信心生活が出来る事になり。神様を中心にした生活をさせて頂く所から、神様がまた、氏子中心人間を中心にした、言うならば働きを下さる事を感じさせて頂きながらの生活を、私は神の中を分けて通るような実感。神の神気を神の霊気を、身に心に感じながらの有り難い信心生活というものが、出来て来る様になると思うのです。
お互いが私を含めてですけれども。完璧なおかげを目指してです。お互い日々信心のけいこをさせて頂いております。例えば繁雄さんの例を取りましたが、やっぱり取り上げ時には忙しい。他所よりもあんまり遅れるのも嫌。けれども段々おかげを頂かれるに従ってです。まだスッキリとはしないけれども、神様を中心にした生き方。やっぱりお取り上げの時でも、朝参りを続けておられる。今日は取り上げでございますけん、今日はもう御用だけはせんな帰りますと言う事はない。
やっぱり十時頃までは、ちゃんと御用頂いて帰られる。それでいて成程神様が、私共中心に働いておって下さるなぁという、言うならば先程の苗を植えた。植えたらお湿りがあったと言う様な働きの中にです。愈々神様を身近に感じる事の出けれる生活に、段々近づいて行かれる。それがもっともっと有り難い、無心と言う事を、今日は申しましたが。乳飲み子が、母親の懐に抱きかかえられて居る様な安らぎ、そういう安心。そういう生活が出来るようなおかげを頂きたいと思うですね。
どうぞ。